読書記録と雑感

読んだ本とか思ったこととかの記録用

ねたあとに

学部の頃入ってたオーケストラのサークルの演奏会を観に行った。結構長くオーケストラもバイオリンもやってるけど、ほんとにいまだにまったく音楽のことよくわからない。知る努力もけっきょくあまりできなかったので、向いてないのだと思う。不誠実ながらそれでもオーケストラの中でバイオリン弾くのは好きです。

そのオーケストラ、ほかに学内に国内最強のオーケストラがあるくせに、けっこうできるし、すごいと私はずっと思ってた。ただひとつ私が弱点を挙げられるとすれば、弦楽器のアンサンブル感がうすいことで、一人一人の技術に全体で聴いたときのグルーヴのようなものが比例しない。どうしたらいいのかなあってずっと思ってたけど、けっきょくうまくやれなかった。

なんかでもこの前の演奏会はアンサンブル感がでてきたなってかんじだった。荒削りだけど、音楽を向けて行きたい方向が音として見えるようになってきて、いいなーって思った。あと、自分のときあまりうまくそれできなかったから、ちょっとくやしい。

 

中学生のころ、長嶋有の小説が好きでよく読んでいた。有名なのだと芥川賞を取った『母は猛スピードで』とか映画になった『ジャージの二人』とか。

ボブ・マーリーの "No woman, no cry" がタイトルの由来になっている『泣かない女はいない』という小説もよくて、ほんとは元の曲は「女泣くな、女泣くな」という呼びかけなのだけど、その誤訳(ある意味意訳?)が物語のみそになっている。

私が一番好きなのは『パラレル』だった。いずれにせよ、余裕のある文体で特にもったいぶることもなく日常を描くような、嫌味のない小説でよい。

 

その長嶋有の小説に『ねたあとに』という話がある。長嶋有をモデルにした小説家の主人公コモローとその父が夏休みを過ごす別荘で、そこに集う人たちといろいろなゲームに興じる。

そのゲームたちがめっちゃ楽しい。私がいまでも覚えてるのは「それはなんでしょう」っていうゲーム、これはおおはやりして、一時期ツイッターでも長嶋有のアカウントで毎日開催されていた。親が一人、なにかあるものを心の中に決める。ゲームの参加者たちはそのなにかについて質問していく。「それはどんな色ですか?」「いつのことですか?」「暑いですか?寒いですか?」「なんて言っていましたか?」、親はその質問に答えていく。ここにその人のセンスが光る。そしてその「それ」がなんなのかを当てるというのがゲームのあらまし。そのなにかが明かされたあとが面白い。的外れだった質問、妙にいい線をいっていた質問、うまかった親の回答……。

コモローたちは別荘で毎日そうしたたわいのないゲームをする夜を過ごす。夜は眠くなってしまう、だけれど寝てしまったら、自分が寝てしまったあとになにか面白いことが起こるかもしれない、そんな後ろ髪引かれるような気持ちがこの『ねたあとに』のタイトルの由来である。

 

サークルの合宿のときも、なんとなく寝るのが惜しくて、誰かいないかなーって宿の中うろうろしたり、だらだら朝方までお酒のんだり、懐かしく思ったのでした。