読書記録と雑感

読んだ本とか思ったこととかの記録用

これから先のこと覚え書き

やらなきゃいけないこと、自分で気合いれてやんないとなんもできなくなっちゃうし、今のところの展望を書いておきたいです。

 

私が勉強をしてるのは「科学とはなにか」「人間が作った科学理論がなぜ世界についての真実を語るように思われるのか」「そもそも世界に自然法則的な一つの真実は存在してるのだろうか」ということを知りたいからで、科学哲学をやってるのはそうした疑問に一番近い学問だからだ。

学部の間はどうしたらそれを問えるのかを考えてきて、科学哲学の入門的なところを一通り勉強した。なんとなくの勉強の見通しも立った。

 

そうして勉強してる中で強く感じたのは、具体的な科学に関わらないとどうしても薄っぺらい内容になってしまうということ。科学哲学の中で科学哲学やってるなんてなんも意味がない。そんなことは高校生のころからわかってたし、高校の先生には科学哲学をやるにしてもとりあえずは理系の進路をとりなさいと言われてた。でも、科学哲学をやるために学部4年間理工系の学部にいるのは耐えらんないかな、というのと、あまり勉強ができなかったので理系の進路だと文系以上に受験勉強のつぶしが効かず、それでとりあえず文学部に入った。それになまけものだから、それわかってるくせにまったく勉強しなかったね。いつかはぶつかる問題だろうとは思ってきた。

 

なので修士ではもう少し具体的な科学に関わることを一生懸命やって、自分のつよみを作りたい。院の指導教官の先生は心の哲学では日本の第一人者ですごすぎる人なのだけど、その先生のもとで人工知能に関する研究を二年間みっちりやる。科学哲学の勉強も忘れずにこつこつ重ねていくつもり。

 

人工知能とはなんだか縁があって、学部三年のときに指導教官にだまされて連れてかれた三週間のサマースクールには、たくさんの人工知能学者がいて、人間の意識を人工知能で再現するにはどうしたらいいかをみんな考えていた。そのとき思ったのは、意識についての科学とかいう未知の科学ができて、それが科学と認められたとき、それがどのようなものであるのか考えるのは大事なことだなということだ。人工知能について考えることは人間について考えることになるし、そういうところもなんだかわくわくするな。

 

修士出て、その上に進めそうだったら、博士は科学哲学にもどって、とにかく自分のテーマを今度はしっかりやる。修士の間も科学哲学の勉強はちゃんとやる。特に科学的実在論論争はしっかり追っておきたい。分析形而上学もそれなりに使いこなせるようにして議論に使えるようにしときたい。

 

ここから先は、なんかあれだけど、研究者になりたいの?ってきかれて素直にうんとは答えられない。研究者って職業につきたいとも、大学の先生になりたいとも思ったことはあんまりない。私は自分の知りたいことをどうしても知りたくて、それのために学問をやりつづけるために、たぶん一番都合がいいのが大学で勉強続けて学位取ってそういうコースに進むことなのかもと思って、いまこうしてるけど。いろいろ状況はきびしいし、社会的にも制度的にもこれからもっときびしくなっていくと思うし。

 

前からじわじわ思っているのは、博士とかもしとって研究続けたいなってなったら、喫茶店をやりたい(唐突)。

場所はどこか地方都市がいいなー。すこしさびれた商店街の一角で、でも明るいお店がいい。朝6時くらいに起きて、お店開けて自分も朝ごはん食べて、どうせ午前中はそんなにお客さん来ないから自分の勉強をする。たまに来たお客さんにはコーヒーいれてトースト焼いてあげる。12時になったらちゃんとおいしいランチを出す。

夕方は学校が終わった子どもたちが来れるようにする。ランドセルは一度家においてから来ないとだめ。ジュース1杯100円とか、あるいは「保留コーヒー」みたいに余裕のある大人が払っといてくれるの。お店には広いテーブル置いて、宿題ができるようにする。家に帰っても一人になってしまう子どもに勉強を教えてあげるのだ。

週に一回くらいは夜にもお店を開けてお酒を飲めるようにする。おいしい日本酒とおいしいおつまみ。しあわせだなーー。

 

どうなっていくのかはよくわからないけれど、とにかく素直に驚いて感動することと、誠実に物事に向き合って行くことだけは忘れずに、頑張っていきたいです。