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読書記録と雑感

読んだ本とか思ったこととかの記録用

家帰ったらiPod充電しよ

今日は小学生のときから大好きなバンド、くるりのボーカルである岸田繁が作ったシンフォニーの東京初公演だったらしい。行こうかな、どうしようかな、なんてしているうちに、チケットがなくなってしまったからいけなかった。

ツイッターで検索してみても、くるりファンの感想ばかりで、クラシック音楽的にはどうだったんだろう。でも、なんであろうと岸田繁はすごい。すごい作曲家である。

 

教職の論文がめちゃめちゃに重くて、卒論のことが頭から抜けていて、卒論に戻ってきてみたら、なにをしなきゃいけないのか忘れてしまった。

教職の論文は、近代以降の日本の教育において「個性」概念がどのように扱われてきたかをやっていて、教育基本法読んだり、教育思想を勉強したりしている。論文も何本も読んで、本も図書館から20冊くらい借りて眺めている。けっこう面白いことがわかってきてなんだかいいものが書けそうなのだけど、哲学の論文と作法が違って勝手がわからないところもある。

 

卒論は、構造実在論における「構造」をどう理解するかを書いている。今はIoannis Votsisという哲学者の論文を読んでいる。顔がとても濃い。理論交代において、保持される構造と保持されない構造の違いとはなんなのか、というとこから攻めていきたいのだけど、いまいちまだ理解できていない。大丈夫なのかな、卒業できるのかな。とりあえず議論の前までの歴史的とか知識的なところまで書き進めている。

 

ここ数日なんだかずっとだるくて、朝遅く起きて、文献読もうとしてもぼーとしてしまって、授業さぼってみたり、友達とお酒のみにいったりしても、いまいちエンジンがかからない。ほんとに、授業さぼるようになった。今週なんて一週間の中で一番好きな、社会学の授業をさぼった。なんか、授業さぼると、時間ができるんだな、って大学四年の冬にもなってやっとわかった。でも、授業さぼってもなんにも進まないや。ほんとに停滞期、たまにこういうときがくる。

 

最近の収穫は、テクストを読むことの面白みがわかってきたことかも。本なんて多分今までで1万冊近く読んでいると思うけど、ただ字を読むのと、テクストを読むというのは全然違うのだなと、知識としては知っていたけれど、実感として知るようになった。これは論文をレジュメ作りながら細かく読んでいくようにしたからというのが大きい。そうしたら普通に文章読むときも、読み方が変わった。受験生が終わってから、受験現代文のせいで自分の文章の読み方が変わってしまってショックを受けたけれど、やっとそこから抜け出せたかもしれない。

 

だらだらこういうこと書いちゃうくらいにだめだめだなああ。家帰ったら久しぶりにiPod充電して明日は電車でくるり聴こ。