読書記録と雑感

読んだ本とか思ったこととかの記録用

夏休みの勉強途中経過

院試の結果出て、8月入ってからは旅行に行ったり友達とお酒飲みに行ったりばかりしている。もう一つの院試まであと一か月になったのでそろそろ本腰を入れなければならないな。

 

4月あたりから真剣に勉強始めて、5月の末から教育実習で7月に至るまでわりとストイックにお酒もあまり飲まずにすごしていたら、お酒を全然飲めなくなった。サワー一杯とかで酔っぱらってしまうし、おなかが許す限り飲めていた日本酒も一合に達しないところで飲めなくなってしまう。コスパはいいけど、いいのか悪いのか......。

 

最近読んだものは、

N. R. Hanson "On the Symmetry Between Explanation and Prediction" 

細切れに読んでいたので、理解があまりよくない。卒論の一連の議論をしたあとに最後のまとめをする材料として使いたい。説明と予測の対称性を言うためには、量子力学とか統計力学の問題を解決しなきゃいけないみたいだけど、それって構造的に見て解決できるもんなんじゃないかなあと適当な見通しを立てている。

 

田口茂『現象学という思考』

去年あたりから指導教官に「現象学を勉強しなさい」と言われ続けていて、よくわかんなかったので勉強してなかったけど、現象学めっちゃだいじだわーと思った。田口先生は何回かお会いしたことがあって、おすすめのインドカレー店情報などを教えてもらっていたが、そんな話をしている場合ではなかった。去年あたりからのいろいろな経験で、現実に誠実に向き合うことが自分の中でのけっこう大きいテーマになっている。現象学はその方法としてめっちゃ使えそう。分析哲学はゆですぎてぱさぱさになった鶏肉とか、工事現場の灰色の鉄骨って感じがして、好かんなとずっと思っていた。分析哲学おいしくないし、つかみどころないじゃん、みたいな。薄いピンクとグレーがまだらになったような色合いで、ほんとにつかみどころがない。現象学は深緑色で、アボカドと落雁のあいのこみたいな食感がする。舌の上で、粉がほどけていくような食感なんだけど、アボカドみたいなぬったり感がある。深緑色のものはいい。チェロとかも深緑色だし。哲学を勉強していると、哲学的な可能性の上で議論しがちになるけど、現象学をやっていれば真正面から現実と付き合っていけそう。これは、科学について考えるときに忘れてはいけないことだ。一章での「確かさ」についての議論は、科学哲学における認識論の問題を考える上で使えそうと思った。野家啓一先生は現象学のすごい人らしいが、野家先生の現象学について書いていることも読んでみたい。三章の「本質」についての話は、形而上学上の普遍者についての議論と似ているようなかんじがして驚いた。中世の普遍論争とか全然知らないけど、それを経たあとだから同じような議論になってしまうのだろうか。卒論に使うと盛り込みすぎになっちゃうけど、今考えていることのヒントになりそうだから、残りの夏休みは現象学のこういうところも勉強しておきたい。

 

今読んでいるのはドレツキの "Law of Nature"と、ドイツ語の勉強にアドルノとホルクハイマーの『啓蒙の弁証法』。一番簡単らしい「文化産業」の章を読んでるけど、普通にめっちゃ難しいな。ドイツ語よくわかんないし。確率統計全然やってないやーー、べんきょうせねば......。