読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

読書記録と雑感

読んだ本とか思ったこととかの記録用

Olin M. Robus "Does Science License Metaphysics?"

最近形而上学があつい。ていうかたぶん最近というよりかは、自分が考えてたことが形而上学とやらに関係してくるかもしれないと最近になってやっとわかってきたのでそのように思えるのだと思う。哲学について全然詳しくないせいで、いろんなことをよくわかっていない。形而上学というと、二年前にN富先生の「形而上学Ⅰ」の授業を全部出席したのになに書けばいいかわかんなくてレポート出さなくて単位を落とした思い出がある。

 

論理実証主義の流れから始まった科学哲学は観察言明から科学理論は推論されて導かれるという形で科学について語った。その後の新科学哲学の中では相対主義的な見方がとられ、観察の理論負荷性や決定不全性といったアイデアが出されるようになる。しかし、なんにせよ、科学理論がそれなりにうまく未来を予測できてきたということの説明はうまくされていないような気がする。法則性はどこにあるのか、というときにポパーなんかは科学理論を考え出す人間の側にあるのだとかいう立場だったみたいだけど、いや、でもそんなことないと思う。

 

そこまで考えたときに、未来を予測できるような科学の法則性というのはなにか形而上学的なものと関係してくるのではないかと思った。だから形而上学と科学が関係してそうな論文を読んでみようと思って、とはいっても自分の考えていることと関係してくるのかはわからないけど、プリントアウトしてみた。

 

先生に論文とか読むときは自分用にレジュメをつくるとよいと言われて、ノートにまとめながら読んだ。それで時間はかかってしまったけど、普段論文とか読むときよりもだいぶ理解が進んだ。

 

この論文は "naturalized metaphysics"(自然化された形而上学?)、科学に基づいた形而上学的結果だけが妥当である、という主張に対して批判・検討を行うものである。この主張は自己矛盾を抱えており、それに対してAnjan Chakravarttyという科学哲学者が提案する修正したアプローチを基にして議論がなされる。

 

Anjan Chakravarttyは現役の科学哲学者の中で最も有名なほうの人らしいけど全然そういう情報知らない、と思った。今まで読んできた科学哲学関連の文章って科学哲学の歴史を追ったものとそこから派生して過去の科学哲学者に関しての本だけで、現在がどうのって全然よくわからない。そういう情報ってどこから手に入れるんだろう。ジャーナル?とか読むのかな。

 

Naturalized metaphysician(自然化された形而上学者?形而上学者が自然化されてるみたいでかわいい)は、純粋な実験・観察に基づく科学によって形而上学の問いを遂行しようとする。でも彼らは矛盾を抱えていて、それは科学が純粋に客観的なものではなくアプリオリ的規律を必要とするというところにある。形而上学的なアプリオリ的規律に基づく科学で、そういった要素を排除してアポステリオリ的なものから形而上学を目指すというのはおかしい。

 

科学が実験・監察にだけ基づくものではないという議論がなされる際に、科学哲学史上の有名な主張が援用されていて面白かった。そういうのって歴史上で言われてきたというのしか今まで見ていなくて、実用されているのは初めて見たというかんじだ。

 

2.のThe A Priori Contribution to Science. とか3.のEmpirical Content and the A Priori. の中ででてくる 'empirical distance' っていうのはいまいちよくわかんなかった。ていうか全体的に2節で言ってることはよくわかんなかった。Chakravarttyの元の論文も読んでみたい。

 

来週ある応用哲学会の要旨見てたらChakravarttyとかにも拠って分析形而上学とか科学哲学の人がワークショップやるらしい。三人いる発表者のうちの一人はお会いしたことある人だし、もう一人は専攻の先輩のようだ。この世界は本当に狭いようだな......