読書記録と雑感

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私の見ている世界について

恥ずかしげなタイトルだけど、たぶん私の見ている世界は一般的な認知機能を持った人と違う。

たぶん私は共感覚者だと思う。
 
共感覚というものがあると知ったのは高校卒業するくらいか大学入ってすぐで、それまではこういうのが一般的な認知だと思っていた。あまりにそれが当たり前すぎるので、最近まで共感覚が一般的な認知機能と区別されていることに半信半疑で、でも去年人間の認知とか勉強したりして他の人に世界がどう見えてるのかきいたりして、やっとわかったという感じだ。
 
具体的に結びついているのは、文字と色、数字と色、形と色、意味と色、発音と色、形と身体感覚、文章と味あたりだ。
 
例えば小さい頃からずっと思っているのは、アルファベットのpは明らかに水色なのにpinkはピンク色を表すのは変な感じがする、とか、ミヒャエル・エンデの『はてしない物語』が緑と茶色の色付きで印字されているのが気持ち悪いとかである。
 
文字は単体のときと単語で色が変わることもある。単語は先頭の文字に影響を受けることが多い。この前、友達と話していて、友達には私の名前は赤に見えるらしいけど私にはオレンジに見えるので不思議なかんじがした。
 
最近は、なにかに役立てられないかな、と思って新しく買ったiPhoneのロックナンバーの設定は自分の名前を色にしてそれにあたる数字にした。数字を覚えなくていいし忘れないのでいい。たぶん記憶も無意識にやってるけど、こういう関連の仕方に助けられているところが多いと思う。
 
バイト先で、鶏肉の入ったハウスサンドはHS、トマトの入ったミックスサンドはMSって伝票に書くんだけどHはベージュでMはピンク混じりの濃い赤だからわかりやすくていいな、と思う。逆に、スプーンとフォークのセットは緑のかごに、ナイフとフォークのセットは青いかごに入れなきゃいけないのだけど、スプーンは青色だからいつも間違えてしまって不便だ。
 
難しいのは、形と意味と発音でそれぞれ違う色を持つ文字だ。例えば「な」はオレンジだ。だけど「お」は発音と意味(?)は青なのに形は赤なのだ。小さい頃はこういうのの分類にやきもきしていた。クレヨンで「お」と書くときに青で書くか赤で書くか迷う。
 
三島由紀夫の小説はチョコレートを湯煎したときかレアに焼いたステーキを切ったときの匂いがする。色はえんじ色だ。
 
優れた芸術作品というのはそれを受けたとき、そこから直接得られる以外の感覚が立ち昇ってくると思ってきたのだけどこれは一般的には起こりえないのだろうか。絵を見たときリアルな感覚として匂いや身体感覚を感じるとか、交響曲を聴いて色や身体感覚を感じるとか、そういったときの情報量が大きいものほど素晴らしい芸術作品なんだと思ってた。
 
情報量が多いことはなんだか嬉しい。私が色の多い服を着てしまうのもある程度はそのせいである。
 
バッハは茶色だ。「バッハ」という文字列が茶色だし、鈴木のバイオリン教本の1巻に入っている3曲のメヌエットは茶色である。『のだめカンタービレ』の中で、のだめがモーツアルトはピンクと言ってたけどモーツアルトは黄緑色である。
 
バイオリンを弾くときも音は色で決まってくる。A線の開放弦はオレンジだしG線のファーストポジションでとれるBは深い抹茶の色、A線のファーストポジションでとれる1オクターブ上の音はそれが明るくなって黄色が混じったような音だ。だからといって私には絶対音感はない。たぶん音の高低とそこに指を置くという身体感覚と色が結びついている。
 
授業のノートも教科の色に合わせていた。国語は赤、数学は青、英語はオレンジ、社会は黄緑、理科は紫だ。中学生の頃からずっとそうで、そうじゃないとなんだか気持ち悪い。大学生になってからは曜日ごとに色で授業ファイルを分けていて、背表紙を見るだけで何曜日かわかるのでいい。
 
そういえばドイツ語を勉強していて中性名詞にnとふるときに「中とnはつながってるからわかりやすくていいなあ」と思ってたけど冷静に考えてなにもつながってない。(もちろん中性はneutralでその頭文字はつながってるわけだがそれとは違う。) なんでつながってると思ったんだろうと考えてみたらnも中もオレンジだからつながってるように思えたのだ。
 
BrownもBは青だから明らかに青なんだけど、こういうのって普通に感じる論理関係に影響を及ぼさないんだろうか。「Bは世の中の法則で青ってことになってる」っていきなり言われても、問題なくすんなり受け入れることができてしまうと思う。
 
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文字の上に色が被さって見えるとかいう人もいるみたいだけど私には色は普通に印字されている色に見える。「あ」って文字を見たときに頭に「あ」って音が浮かんでくるような感覚で赤色を感じる。それと頭の中に現れる文字の形の画像は色がついた状態ででてくる。今論文読んでて、向かいで妹が色ペンたくさん使っているのを見て、ふと思い立って論文のはじっこに一番しっくりくる色をあてて字を書いてみた。音にけっこう影響されんのかな。
 
一つの対象から無駄にたくさんの情報をもらってしまうので頭が疲れやすいと思う。すぐ眠くなるし睡眠時間も長いのはそのせいにさせてください……。
 
思えば、中学生くらいまでよくわからないことばかりだった。この食べ物を食べるといい気分になるのと言語情報として「おいしい」っていうのが結びついたのはかなり遅かった気がするし、喉が渇いた、という感覚に気づいたのも中学生になってからだと思う。
 
共感覚は脳の普通はくっつかないところがくっついてることが原因だときいたことがある。私の脳はさらにくっつくべきところがくっついてないのかもしれない。
 
中学時代に必死に小説を読んでたのは単純に面白かったのもあるし、こういうときにひとはこういう風に感じるというのを覚えようとしていたからにも思う。私の書く文章が妙に論理的なことをたまに指摘されるけど、それは逆に意識しすぎているせいなのかもしれない。
 
他にもいろいろある。大人になると忘れちゃうこともあるらしいから、どんどんここに追加して書き留めておきたい。